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dent and undead




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3月が終わりに近づく頃、ダムはその水位を落とし、かつてそこに存在した村の輪郭と人々の生活のあらましを描きだしていた。
微かに氷に変わりかけた雪を踏み締め、粘りのある粘土質の地面を歩いていくと、枯れた樹木の群れが言葉を失くした亡霊たちのようにただ佇み、湖底に少しだけ残った水溜りにその亡骸の影を落としている。
大きな凹みとなった湖底は、時間の流れに取り残され、呆然と佇む人々を内包したこの宇宙の縮図のように思えた。
春が終わり、ダムの水は鮮やかな青色に変化した。初夏の暖かさと共に水を蓄えた、かつての空っぽの宇宙はいま生命力に満ち溢れている。幾度となく繰り返されてきた循環が、また何度目かの終わりを迎えようとしていた。
かつて生きていた人々の痕跡は、今は水面の底に揺れている。
雪が山肌を覆い尽くす頃には、新たな循環の始まりと共に水は放流される。落下する水が作り出す膨大なエネルギーが、水に沈んだ人々の意志や記憶と共に渦を巻き、新たな世界のイメージや時の流れを作り出していくのだろう。
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